ぽむぽむぽえむ。

こころをかいかする。

『美女と野獣』を見て思った、僕らの脆さと、ほんの少しの可能性。

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間違いなく、今年のヒット作にあげられる、不朽の名作『美女と野獣』。

 

 

例に漏れず、僕も見てきました…

 

うう…

 

ええ、ただただ美しかったのです。

 

ディズニーらしく、会話がミュージカルチックになるのも、映像も、歌も、世界観もすべて。

あっという間にスクリーンに引き込まれていた…

まるで、自分が王子様だと錯覚するくらいに、僕はベルを見つめていました。

 

 

(別にエマちゃんが可愛いって言ってるわけじゃないよ!アリアナちゃんも可愛いよ!)

 

実は僕は、アニメ版の『美女と野獣』も、そのストーリーも知らない、ミーハーニワカ勢。

 

 

Dヲタに「ハハハッ!」とか笑われながら、後ろから刺されることになったとしても、僕は書くのだ・・・

 

 

そう。夢を与え続けるディズニーの持つ哲学に、憧れ続ける僕らは、あちら側の世界にはいけないという事実を。

 

 

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憧れは理解からもっとも遠い感情だよ。

 

 

 

2017.06.19 ここに記す。

 

 

 

 

美女と野獣って?

美女と野獣を知らない方のために簡単なストーリーを。

 

 

このブログが参考になると思います!僕はこういう説明的な文章はあまり書きたくないので・・・(笑)

 

主人公ベルの日常生活(起)→野獣の城で野獣と過ごす(当初険悪だったベルと野獣が、お互いの優しさに気付き、徐々に惹かれていくという)(承)→野獣征伐→みんなハッピー(結)

 

トーリー全編を通じて、象徴である、バラの花びらが一片一片落ちてゆくことで、野獣の心境の変化も分かるようになっているんですよねぇ。

 

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名作はシンプル

名作ってシンプルなんですよね。他のディズニー作品を見ても、ジブリ映画を見てもそう思います。

 

伝えたい根幹のメッセージが揺るぎないから、変に小細工入れなくていいというか。

 

何を伝えたいかよく分からない映画ほど、こだわりとか芸術性という言葉を使い、メタファーに逃げているなと思います。

 

美女と野獣のストーリー展開もシンプルですが、コアメッセージもシンプル。

 

それは、愛と勇気。

 

ほら、これって時代や場所を超えた僕ら人間の永遠のテーマじゃないですか。

 

その普遍性があるからこそ、ずっと愛される作品なんでしょうが。

 

 

ディズニーに憧れる理由。

独特の世界観や、ベルたちプリンセスのルックスに憧れる人たちも多いと思います。(ルックスに憧れちゃあ、美女と野獣の意味ないwwwとか思いますが(笑)。)

 

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ももっと本質を辿れば、それはきっと、ベルであり、野獣の持つ、強さなんじゃないかと思うんです。

 

もう一度言います。

 

僕らはベルや野獣の強さ、つまり、愛と勇気に惹かれているんですよ。

 

ベルは、その毛むくじゃらで醜い見た目の野獣の内側にある、優しさや思いやりの気持ちを見つめることができた。
野獣がお父さんを牢獄に閉じ込め、ベル自身も閉じ込められ、粗末な扱いを受けていたにも関わらず・・・

 

行動や、見ためじゃなく、その内側に潜むものをまっすぐに見つめる愛。

 

村一番の変わり者として、忌み嫌われながらも、自分の好きな事や生き方に正直なベル。
どんなにのけ者にされようとも揺らぐことのない強い意志。

 

人とは違くてもその道を歩んでいく。それをきっと勇気と呼ぶのでしょう。

 

めちゃくちゃかっこいいなあと思いました。

 

一方の野獣もそうで。

 

心を失いかけていた中で出会った美しい女性に惹かれていく。内側から溢れていく愛を感じながらも、嫌われてしまうのではないかと葛藤して。
愛すること、愛されることを知り、勇気を持って彼女と向き合いました。

 

僕ら、人間はそんな強さを持っているのでしょうか?

 

 

人間の弱さと脆さ

そんな美しい2人の強さが描かれている一方で、この作品は、人間の弱く忌々しい部分をも描いています。

 

象徴的なシーンといえば、村の英雄ガストンが、一時の恐怖心に煽られ、野獣の城に進攻しようとしている場面。

 

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(写真のシーンとは違いますが、イメージとしてはこんな感じ。)

 

一方的に野獣のイメージを卑下し、落とすことで、自分たちの恐怖心を、自分たちを守る聖戦のための闘争心へと昇華させようと、ガストンは村人達を鼓舞します。

 

植えられた根拠のない恐怖心から逃げるために、村人はガストンに賛同し、野獣のいる城へと向かうのです。

 

ここに描かれている人間の姿は、紛れもない僕らの姿。

 

思考停止に陥り、敵だ!と決めつけた相手を完膚なきまでに潰そうとするその脆さ。

 

ベルは、村中を敵に回すことになっても、野獣の身を案じ、彼がいかに優しくて、思いありのある『人間』であるかを説きました。

 

こんな状況は往々にしてよくあるものです。

 

自分たちの恐怖心を失くすために、誰かを陥れようとする。

 

いいのか悪いのかといった判断から逃げ、思考停止し、力のある者に従おうとする。

 

僕らはきっと、こっちサイドなんだなあと。

 

悲しいことですが、これが脇役なんです。モブなんです。

 

ガストンの存在がベルと野獣の強さを引き出していることも事実ですが、ガストンは、脇役でしかありません。

 

僕らは、自分の人生の主人公です。主人公であるためには、愛と勇気を持つ強さが必要なんだと思うんです。

 

 

それでも僕らは変われる

ガストンの腰ぎんちゃくで、典型的なイエスマンのふとっちょは、それでも、人間は自分の意思を貫く強さを持っているということを教えてくれました。

 

彼は最後の最後で、ガストンたち村人を裏切り、ベルたちの仲間になります。

 

彼はこんなことを言っていたように思います。

 

野獣が走り回っている
それは間違いない
でも違う化物が放たれているのが怖い

 

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ふとっちょは、僕ら人間の中に巣食う『野獣』を取り払いました。

 

大きな権力。それも友人です。そこからの決別というのは、簡単なことではないはず。でも、ふとっちょはそれをやり遂げた。

 

え、これふつうにあかんやろwww

 

そう思いながらも、そう口に出したり、行動できる人ってあんまりいないですもんね。

 

ここに、平凡な人間でも、自分の意志を信じる勇気が描かれている気がするんですよねえ。

 

 

主人公になろう。

僕らの人生の主人公は、まぎれもなく僕らです。

 

僕らの人生はそれ自体がドラマになるはず。

 

でも、ないがしろにされる苦痛もなければ、深く大きな愛を知る日々もない、無機質な毎日が、ドラマになるとは思えません。

 

自分から逃げれば逃げるほど、本当にありたい自分から遠ざかるに決まってるじゃないですかw

 

僕はみんな、美女と野獣になれると思ってます。

 

愛と勇気っていうと、クサくて、なんか大それたことのように聞こえるかもしれないけど、だって、胸を打つんでしょ?

 

僕らの中に本当にない感情なら、そんな風には思えないはず。

 

こんな相手と一緒になるなよ、もっといい男いるでしょ?、そんな奴との結婚は認めない、会社を辞めることのリスクを考えないのか?、1年も留学して、就活大丈夫なのか?

 

人は本当にいろんなことを言います。

 

でも、やっぱり、やっぱりかっこいいし、そうなりたいなと憧れるのは、誰が何と言おうが、自分の思った道を進んでゆく強さ。にあると思うんです。

 

そしてそんな強さは誰にでもあるものだなあと、うれしく思ったのでした。

 

 

 

ぴょいぴょーい!