ぽむぽむぽえむ。

こころをかいかする。

生きるとは何かを残すということなのかもしれない。

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何かを残していく生き方

 

鳥居さんのブログにこんな記事がありました。

 

若者の道にしたい欲求、それは後世に残すための手段としてなのかもしれない。 | 隠居系男子

 

その中のこの言葉に共感を覚えました。

 

過去の遺産や歴史にしたくないから、道にする。

確かになくなるのは辛い。でもなくなるのは自明である。

それは「もう既に起こった未来」なわけです。

だからこそ、道にする。

過去の遺産や歴史にしたくないから、道にする。

それが本当の意味で、後世に残すための手段なのではないのかなぁと思うわけです。

その土地で育まれたもの、その土地の気候風土に根付いているからこそ得られる感覚というのは必ず存在するはずですから。

 

分からないから残したいという、当たり前の気持ち

僕ら若者は、仕方がないという理由で物事を選択をしていくことが多いなあと感じています。

 

みんなが大学に行くから(行きたい理由はないけれど)大学に仕方なく入る。

 

入りたくはないけれど(生きていくしかないから)仕方なく就職する。

 

僕にもそういう部分がありますが、この生き方は、苦しいなあと思うんです。

 

でも、その苦しい生き方を選択することすら仕方なくて。

正解がなく、分からない世の中。どう転んだって明るい未来が待ってるかは分からない…

 

そんな時代において、僕らは何かを残そうとしているのかなと思うんです。

 

それが正解かは分からないけれど、必死にもがいたその痕を残したい。

仕方ないと割り切りながらも、自分の生きてる証を手にしたい。

 

自分の生きた痕というのは、何よりも自分を証明するものなのかなと思います。

 

そのために僕らは、何によって覚えられるか?という問に向き合う必要があるのかなと。

答えは今、分からなくてもいい。

でも、それが分かれば、自分の向かう方向が見えてくるのかなと思います。

 

 

自分を知るという努力

このブログでは何度も言っていますが、そのためには自分を知らなきゃいけないよねと。

 

 

 

 

この辺りのツールは自分を理解するために、すごく役立つものです。

 

自分を知り、これが合っているのかな?と思ったらそれに向かってまずはやってみる。その中で、自分の道に何を残したいのかが分かるのかなと。

 

僕にとって、それは言葉でした。

自分の残した言葉が、誰かの気付きになり、後世にも語り継がれるようになれば、僕の本望です。

 

だからこそ、僕は言葉を磨き続ける。

 

それが自分の生き方だと分かり、それに沿うように人生計画を立てていけばいい。

 

これが、ブレない生き方の1つの選択肢なのかなと思いました。

 

ぴょいぴょーい!